人がいなくなることのマイナスについて考えてみました。
もし、退職したり配転で他部署に異動する社員が顧客に対する売り上げや利益目標を持った営業の担当者であれば、そのとたんにその担当者が持っていた売り上げや利益の目標が宙に浮くことになります。
このような状況に対して何らかの手当をしなければなりませんので、対応を迫られるという点ではマイナスといえるでしょう。
もし、後任を社外に求めるのであればそれなりの費用が掛かりますので経費(コスト)の面でもマイナスと言わざるを得ません。
この辺りは誰にでも気が付きやすい、いわゆる“目に見えるマイナス”ですが、“目に見えづらいマイナス”に対しより配慮をする必要があるのではないかと考えています。
どちらかというと”目に見えるマイナス“は短期的視点から想像できるものですが、”目に見えづらいマイナス“は長期的視点からマイナスと考えられるものです。
自覚がないままのマイナスとでも言い換えられるのかもしれません。
もう少し掘り下げれば、後任の補充をすぐに手当てをしたところで、その後任が新しい環境を理解し、活躍ができるようになるまで相当期間が必要です。
いくら即戦力と言われていても、職務に就いたその日からその人の持っている力の片鱗を見せることはあれ、本来持っている100%の力を発揮することは現実的ではないでしょう。
この期間は先程の営業部門の例に例えると、売り上げや利益が不安定になる期間、つまりこの辺りまでを短期的にマイナスが生じる期間と考えても良いのではと思います。
しかし、マイナスはそれだけでしょうか?
例えば組織で働く人々のモチベーションに目を向けてみましょう。
後任が本来の力を発揮するためには上司はもとより周囲の支援が必要です。
後任に仕事の現状やそこになぜ至っているのかる過去の経緯やいきさつについて教え、互いの仕事のやり方の違いを確認し、調整してゆかなければなりませんし、人間関係を良好にするためのアナログ的な配慮も必要となります。
また、後任が仕事を理解していないからと日常業務は待ってくれません。そこで後任が慣れるまで、停滞しそうな日常業務を周りが負担しなければならない事態も生じます。
その上、前任が退職で組織を去った場合、その退職理由によっては、周囲の人々に動揺を運ぶ場合もあります。
このように人がいなくなるということは周囲の人々にストレスと余分な仕事を強いてゆき、その対応を間違うと職場全体のモチベーションを低下させるかもしれません。
よく「信頼、信用を構築するためには時間がかかるが、失うのは一瞬」と言われるように、いったん職場モチベーションを低下させてしまうと、そのモチベーションを元通りにするためにかなりの時間とコストが必要となり、その結果、長期にわたり業績に影響が出てしまう可能性を排除できません。
短期的なマイナを解消したとしても、短期的なマイナスを解消することがが長期的なマイナスを生み出してしまいます。
退職者を少なくすることは長期的なマイナスをはらむリスクを少なくすること。また、実際に退職者が出たとしてもその退職そのものに”目に見えずらい”長期的リスクをはらんでいることを考えれば、周囲に対する配慮も違ったものになるはずです。
ところがこのような長期的なマイナスは意外に思われるかもしれませんが”目に見えずらい”ものなのです。周囲が忙しくなる大変になるということは理解できるのですが、その忙しさや大変さをどうするのかということだけに意識が向かってしまい、その後、結果としてこれらが将来に与える影響に結びつける余裕がないので、”見よう”とする意識が薄れるのでしょう。
時々、”人がいなくなっても、変わりはいくらでもいる“と豪語され、退職者が出ることにあまり関心や危機感を持たない管理職やリーダーがいらっしゃいますが、私自身は体験上、本当にそうなのか、甚だ疑問です。
確かに職務によっては変わりはいくらでもいる。しかしその代わりを迎えるために費やす周囲の配慮や負担は決して小さいものではなく、職場のモチベーションを下げる可能性があるのですが、そのような管理職やリーダーは多くの場合、そのようなマイナスが文字通り”目に見えずらい”のでマイナスが目に入っていないのです。
業績が低下をすると「人が足りない、もっと早く採用をしてほしい」と要求します。
現に退職者が多い職場というのは往々にして疲れ切って殺伐としており、成果も芳しくない場合が多い。そして結局のところ根本的な対策に踏み切らざるを得なくなり、管理者やリーダーを変更したり、組織編成を変えるという大ナタを振らざるを得なくなります。
上述の”目に見えざるマイナス”はあくまで社員のモチベーションに視点を当てたもの。社外に向けた視点や事業の継続性に対する視点など、様々な視点で皆さんも考えてみられては如何でしょうか?
(Kawashima)